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囃子の音は海を駆ける① :鳴るはカデンツァ

試験前なのにかの星だよ。前回以上の長文乙があるね。気をつけたいね。

















 紙をめくり、頻繁に動かす音が室内で鳴っていた。その音を鳴らす主は、二人の大人の男性である。一人は部屋の奥に設置された高価なワークデスクで作業をする、これでもかと言わんばかりに面倒だと言いたげな顔をした軽薄そうな男。一人はワークデスクの前にある応対用のガラステーブルでその横にあるソファに座って作業をする、常に口元を固く結んだ厳しい表情をする厳格そうな男。二人はそれぞれの作業スペースで紙を見ては何らかの書類分けを行っている。
 いい加減作業に飽きた軽薄そうな男は、もう一人の男に声をかけた。

「ねー、特別顧問どの。いい加減やめにしましょうよこんなの」

没頭していた作業を中断させられ、迷惑そうな顔をしながら厳格そうな、細身ではあるが厳格さのある中年の男は言った。

「真面目に作業をしろ。他ならぬ皇帝陛下の命令だ」

二人の声はそれぞれのイメージに合った高く軽い声と低く重い声だった。そう言う特別顧問と呼ばれた男に対し、彼は返す。

「でもねぇ、特別顧問どのにも自負があるでしょう?今回の実験は誰にも成せない偉業を成し遂げたって」
「命令だ。真面目に作業をしろ」

とりつく島もない反応に、軽薄そうな男は唇を尖らせて作業を続ける。やがて紙の山が一つなくなると、軽薄そうな男はまた声をかける。

「特別顧問どの。終わりましたよ」
「よし、危険なラインは全て終わったか。次は少し危険なラインだ」

 先ほどより多い紙の山を見て、軽薄そうな男は不満の声を上げる。しかしとりあえずは作業を始め、再び話を始めた。

「危険なラインが無かったんだから少し危険なラインなんて無いに決まってるでしょ……」
「いいから黙って作業をするのだ」

いい加減話しかけてくる軽薄そうな男に、特別顧問はうんざりしている。それから特別顧問は何度か話しかけてくるのを無視した結果、軽薄そうな男は黙り込んだので、そのまま作業を淡々と進めていった。しかし、少し作業が捗りそうなところでまた軽薄そうな男が声を上げた。

「特別顧問どの!ありましたよ!いやー無駄な作業させられてたら怒ってましたー」
「ほう、見せてくれ」

 渡された紙を流し読みして、特別顧問は言った。

「違う」

立ち上がり、書類を手渡しながら短く告げてくる特別顧問に、軽薄そうな男は不機嫌そうな顔になって言う。

「何なんですかっ!国が必死こいて成功させた実験がっ!その辺の科学者に出来るわけないじゃないですかぁ!」
「命令だ。だから作業に戻りたまえ」

 特別顧問は、畜生だの、忙しいだの、文句を言いながらワークデスクの方へ戻っていく軽薄そうな男の方を見て、偶然デスク上の書類の内の一つを見た。それが気になり、今度は特別顧問から声をかけた。

「局長。そこの、その紙を見せてくれ」
「あ?えぇ?それはもう見た奴ですよぉ、特別顧問どのもお茶目だなぁ」

 特別顧問は局長と呼ばれた男を無視し、立ち上がってデスクの上から指差した紙をとってめくる。一度読み流した後、少し考えてから顔色を変え、もう一度じっくり読む。そうして特別顧問は局長に言った。

「この論文だ」
「えー、本当ですか?全然違うじゃないですか!だって私見ましたもん!」

 それに対し、ため息をつきながら特別顧問は説明を始める。

「本来この論文は危険なラインに入れられてもおかしくないのだが、我輩の部下でも気づかなかったものを、科学に疎い貴殿が気づけるわけがない」
「えー、マジですか。じゃあもう特別顧問どのが全部やった方がいいんじゃないですか」

 そうだな、と言った特別顧問の説明は続く。

「一見、この論文は我々の定めたラインを綺麗に避けている様に見える」

 論文をもう一度見返しながら、だが、と更に続ける。

「この論文の内容を考えると簡潔に書かれているはずの部分が回りくどい方法を使って書かれている。これはおかしい」
「気づかなかっただけじゃないですか?」

 特別顧問はまた局長を無視し、説明をする。

「さらにこの論文で実現できることは、非常に簡単な応用今回の実験と同様のことができるはずだが、そこの部分やそれを予測できるような部分だけあまりに綺麗に避けられている」

 論文を更にもう一度見返す特別顧問は、感心しながら言った。

「あまりに綺麗に避けすぎて逆に不自然なのだ。この論文の筆者はこの応用を知っており、世に出すべきものではないと思って意図的に書かなかった、そうだとしか思えん。良心のある優秀な人間だよ」
「へぇ、そうなんですか」

 説明を終えた特別顧問は、それしか反応しない局長に命令する。

「納得してないで、この人物の資料を出すのだ」
「えー、どこにあったかな」

 ゴソゴソと音を立てながら取り出された書類を、特別顧問は局長から受け取った。

「これだこれ。機関生さんですよ」
「何と」

 またも感心し、紙をめくっていく特別顧問に対し、局長が言う。

「どうします?スカウトしちゃいます?前途洋々な学者さんのたまごちゃんじゃないですかぁ」
「駄目だ。若すぎる」

 へぇ、そりゃなんでまた、と言った局長に、また特別顧問は説明を始める。

「若さは恐ろしいよ。その上良心もあって優秀と来た。非人道的な行為に耐え切れず暴走する確率が高い。今のような時期に採用すべき人間ではない」
「残念ですねぇ、おじいちゃん先生とかだったら採用したんじゃないですか?」
「いやはや、若くしてこれに辿り着くとは。非常に残念だ。機会があれば一度会ってみたいぐらいだ」

 ふーん、とうなずく局長は、ずっと部屋の中にいた部下に命令する。

「君、実動部隊隊長呼んできてくんない」
「はい」

 部屋から出て行く部下を見ながら、局長は特別顧問に話しかける。

「でも機関生、それもPPT部門の子ってことはお子さんのご友人かもしれませんよ?」
「そんなこと構うものか。命令だ」
「堅いですねぇ、肩の力抜かないと凝りますよ」
「余計なお世話だ」

 そこで、そうだ、と思い出した風に局長は言い出した。

「私もう書類見なくていいですよね?どうせ役に立たないんですし」
「うむ、論文は我輩が調べておく。貴殿はこの少年に関する仕事でもしたまえ」

 特別顧問は、安堵する局長に続けて言った。

「ただ、局長としての貴殿の目も通さなくてはならない。後で続きを頼むよ」

 そういわれて局長がガッカリしていると、部屋に地味な男性が入ってきた。

「局長、ご用件はなんでしょう」
「あ、来たの?特別顧問どの、あの論文は引っかかったってことでいいんですよね?」
「あぁ」

 局長は咳払いをしてから、入ってきた男に命令を下す。

「一人捕まえてきて欲しい。作戦はそっちで考えといて」
「それで、内容は?」
「対象はマークヘリオ・アーデルバーグ君、15歳。職業、機関生で学者さんのたまご。詳しいことはこの紙に書いてあるよ。殺さずに捕まえてきてね」
「了解しました」

 紙を受け取ると、地味な男は部屋から出て行った。






 その日、高等教育機関のPPT部門に通う者たちに課題が出る。内容は今までの講義を踏まえてPPTを実際に作ることだ。マークが建物内に居残ってどのようなものにするか考えていると、ロジェリシャットが何人か人を連れていつも通り勝負を申し込んできた。彼女がトップでなければならないのは依然としてそのままなのだ。そして立ち去る間際に謝りながら、一度奮い立たせた者として仕方無いの、と言っていた。皇族としての彼女の譲れない部分なのであろう。注目されるのは勘弁だが、人のいない時間帯に、いつもよりは少ない人数でマークの所に来たことを見れば彼女の変化が窺える。その点はマークにとって嬉しいことであった。そして勝負そのものについては裏で、お互いに親交をより深め、切磋琢磨するためという理由に落ち着いた。実は街中で一緒に歩いていた所を目撃されており、その理由をでっち上げるのに少し苦労したが、つきあっているという噂は根も葉もない話だというレベルで止まっている。別に二人は交際関係にあるわけではないが、実際の関係を知られるのは避けたいと思っているのだ。
 さて、肝心の課題であるが、別にマークは終わらせようと思えばすぐに課題を終わらせることが出来る。しかしそれでも考えるのは、自分のやれるところまでやってみたいと思ったからである。総霊力の都合上、マークは基本的に理論を突き詰め、その上で実験を行うことが多い。なので、実践はそれほどやったことが無い。さらにPPTを作るための素材である霊律鉱という藍色の鉱石は値段が高く、マークには手の出る品ではない。せっかくの機会なので、自分の実力のありったけをぶつけてみようと考えたのである。
 自宅に戻り、図書館から借りてきたPPT作成のために使う資料を机の上に置く。そして少々大きめの硬貨と同じぐらいの形をした霊律鉱、つまりはPPTの原型と、配布された彫刻刀も置き、それ以外にも設計図やメモに使用するための紙、筆記用具、各種作図道具などを用意し、ついでに茶と菓子を用意していく。

「あぁ……そういえば」

 そこで思わずマークは呟く。明日が科学雑誌の発行日だと思い出したのだ。ならば明日は少し大変になるかもしれないと思い、あまり遅くならないよう心がけることにした。今日は時間が少ないと感じた彼は、すぐに作業に取り掛かる。
 まず、設計図用紙にPPTの原型と同じ大きさの円を書く。そして横に置いたメモ用紙に課題をやる上で入れるべき紋様、自分が入れたいと思う紋様を書き出していく。また、PPTは全て円盤状であるが、その大きさは様々で、紋様の数や大きさは、今マークの目の前にあるコインの大きさに刻みこめる量と幅にしなくてはいけない。それを考慮に入れて可能な範囲を考える。霊律鉱は子供でも彫刻刀のような道具を使えば紋様を彫ることが出来るが、PPTの原型は一つしかない。間違えないように本を頼りにして正確にメモを取り、彫り方も調べていく。それから、紋様を一つ完成させてはその紋様を小さく空中に描き、効果を試してみる。
 それから、しばらく時間が経った。作り出したい効果を決め、そのコンセプトや実用性の観点から見た意見などを提出する紙に書いていく。いよいよ彫っていこうと思うが、集中力が少し切れ気味だったので、気分転換にバスルームへ行くことにした。疲れて明日を迎えるわけにはいかないので、念のために月を見ておく。時間は、長引けば遅くなり、簡単に済めば問題ない時間に寝れる。そんな感じの時間帯であった。バスルームに行くため、机の上を整理をしている途中、玄関のドアチャイムが鳴った。

「誰だろう、……こんな時間に」

 別に誰とも会う約束をしていなかったので、誰が訪れたかマークには予想がつかなかった。無視するという選択肢は彼の中には無かったので素直にドアを開ける。開けた先には、黒い皮製のキャスケット帽を目深に被り、カーキ色のマフラーを首に巻いた青いツインテールの人物がいた。ツインテールは短めで、マークより背が低く、キャスケット帽を深く被っていたので顔は良く見えない。動きやすそうなホットパンツと長めの少々派手なソックスを穿いており、ツインテールであるのを見ると女性なのであろう。マークにはその様な知り合いはいないので、突然の見知らぬ来訪者に戸惑うが、普通に声をかける。

「あの、どなたですか」
「マークヘリオ・アーデルバーグだな」

 高めの声にミスマッチな、大人びていて冷たい口調が印象的であった。質問をし、ずずいっと家の中に入ってくる。マークはその行動にも戸惑い、そのまま特に抵抗できずに少女と思われる人物を家の中に入れてしまった。間抜けなことに、手は開けたときと同じ形でドアノブにかかっている。そして不審に思いつつも、少女の質問に答えた。

「はい、そうですが」

 どなたさまですか、とマークが聞こうとした瞬間に、彼は自分の足が突然冷たいものに当たったのを感じた。下を見ると、彼の両足は氷で拘束されており、それを見た彼は思わず尻餅をつく。そして、痛みと疑問からくる声を発した。何が起こったのか分からなかったが目の前の少女が原因であろうと少女のほうに目を向けると、その手には銃が握られている。顔を確認しようとしたが、マフラーが思ったより厚く、確認することは出来ない。そして、高い声が事務的な調子で告げる。

「マークヘリオ・アーデルバーグ。お前を拘束する」

 何がなんだか分からなかったが、彼は慌てなかった。いや、慌てることを望まなかった。落ち着くために冷素で紋様を描き、自らの精神に影響を及ぼす。彼は自分の考えがまとまらずに右往左往する心の感覚が急速に失われていくのを感じた。
 冷素には、動きの変化や感情の変化を止める作用がある。使い方は様々であるが、おおよそはその様な用途に向いている。性質子は人間にとって意識の手足と言えるようなもので、紋様は目的の空間に意識を強く向けることで自らのうちにある性質子を満たすことが可能である。
 冷静になった頭で、彼はこう考える。今の状況が分からずとも、とにかく目の前の人間から逃げるべきであり、そのためには足を氷から開放する必要があると。腕のほうに銃を向けようとしているのを見て、慌てて足のほうに秩素で紋様を描いた。先ほどの紋様の効果は、もともと焦っていたことから来る、精神内の熱素が占める割合の上昇で、冷素を元とした霊的現象の相殺もあって既に切れており、自らの心に焦りが蘇ってくるのがマークには分かった。彼の描いた紋様は足を拘束する氷の一部を少女の手のほうに飛び出させる。表情は分からないが少し驚いたような雰囲気を見せた。その間に秩素で、より複雑な紋様を描いて氷を飛び散らす。
 秩素には、そのポイントから力場を外に向かって出すという作用や、より精神を外向的にする作用がある。
 すぐに落ち着きを取り戻した少女は再び銃を少年に向けようとするが、向かってきた氷から身を守るために腕を体の前で組む。その隙を狙い、マークは開けたままのドアから出る。なるべく人通りの多いところへ行こうと、どちらが近いか左右をみて左を選ぶ。その間にも少女は銃を2発ほど発射するが外れ、その先にある地面を両方とも凍らせた。逃げていくマークに対し、少女は先ほどより大きな声を、やはり事務的に発する。

「待て!お前は政治犯として帝国から拘束命令が出ている!投降しろ!」
「何ッ!?」

 逃げながらも、マークは驚きの声を発さずにはいられなかった。帝国が自分を捕まえる様に言った、それは事実であるなら衝撃的すぎるものだ。だが、そんな命令が下るようなことをした覚えが無い少年は、少女が咄嗟についた嘘と判断してそのまま走り続ける。さらには、一度逃げ出してしまった所為で引っ込みがつかなくなってしまったというのもある。しかし、実際にそのような命令がなされている可能性も彼は捨てきれず、人通りの多いほうも避けることにし、複雑だが慣れている路地裏へ行くことにした。
 マークが曲がっていったのを見た少女は、追いかけながら毒づく。

「学者のたまごを一人捕まえるだけの簡単なお仕事のはずだったが……」

 追いかけられるマークは、逃げるにしてもどこに逃げるか決めかねていた。公安にかけつけても、後ろから少女が先ほどの内容を叫べば自分は捕まる可能性があるし、そのまま少女に引き渡されてしまう可能性もある。実際に命令が下されていると確認できるなら素直に投降し、自分は人違いであるとしかるべき場で証明するが、この様な曖昧な状況では行くことは出来ない。似たような理由で、人の多い場所も避けるべきだと思った。そうなると他に頼れるのは孤児院だが、マークには彼らを巻き込むような選択など出来ない。本当に帝国の命令が下っていた場合、協力者として処罰されてしまう。もしかしたらロジェリシャットならなんとかしてくれると一瞬思ったが、彼女と連絡を取る方法はないし、今いる場所も知らず、住んでいる場所も知らなかった。更に、こちらも本当に命令が下っていた場合、彼女の社会的立場を崩してしまう可能性があり、たとえ偶然街中で会えたとしても頼るわけにはいかなかった。
 マークは当ても無く逃げることを強いられているのを感じ、より焦る。このままではマズイともう一度冷静になるための紋様を描こうとするが、やめる。短期間に複数回精神に影響を及ぼすとそのまま精神が変質してしまうという事例を思い出したのだ。とにかくこの状況を脱するためにはどうすればいいか考えようとするが、

「投降しろ!」

と、思考の途中で正確に自分の位置まで来た少女が銃を向けて言ってきたので、急いで方向を変えて逃げる。この場で一番有効なのは少女から正確な情報を聞くことだ。しかし彼女は先ほどから、こちらの姿を見ればすぐに投降するように促し、銃を撃ってくるので、とても話せたものではない。ではそれ以外に情報を得る方法はあるか?それはNOだ。強いて言うなら、今もっている情報から推測するしかない。
 しかし今はしばらく落ち着いて思考が出来る状況にすることが先決だ、とマークは考える。少女はこの場所について詳しいのか、マークの位置を正確に捉えてこちらを狙ってきているので、この辺りの路地裏にいたのではいずれは捕らえられてしまうだろう。状況を変えるためにリスクを覚悟で大通りに出て、向こう側にある路地裏を目指して人ごみを掻き分ける。人にぶつかり、謝りつつも何とか路地裏へ入り、見つからないように奥のほうに進んでいく。そこでマークの足は走るのをとめて、彼は頭を動かすことにした。
 息も絶え絶えであるが、必死になって頭を回す。まずは情報を整理していく。
 初めに、彼女が何者であるか、という問題を考察する。まず、強盗や物盗りの類である線は薄い。彼は既に家から逃げ出しており、その間に盗まないのはおかしい。それに目撃者の排除をするにしても、初めの不意打ちで仕留めればいとも簡単に目的を達成できたであろう。この問題を考える上で最もポイントとなるのは彼女がマークを殺そうとせず、あくまで拘束しようとしている点である。その情報は彼女が帝国に派遣されてきた人物であるという事実をより確実にする。しかし、帝国の人間が犯罪者とみなされている存在をたった一人で捕まえに来るなんてことはあるだろうか?そんなことがあるはずはない。政治犯とは帝国にとって重罪人で、捕まれば拷問にかけられ、良くてトラウマを植えつけられるような扱いをされた何年も後に釈放、もしくは最悪苦しみぬいて死ぬような扱いを受ける。そんな存在をたった一人で捕まえに来るなんてことはありえない。少なくとも公安に所属している人間ではない、とマークは結論を出し、次の問題に移る。
 次に、目的は何かを導く。少女は頑なに自分を拘束しようとしている。そしてそこからどうしようというのか?そこを知るには別の問題を先に解決しなくてはならない。一度保留にし、別の問題を考えることにした。必要があるのは、なぜ自分は追われるのか、その理由を知ることである。少女は政治犯と言っていた。しかしマークには覚えが無い。そこで考えられるのは、帝国側の勘違いや書類ミス、もしくはあの少女がついた嘘だった、という可能性だ。だが帝国の命令が出されたのなら複数人で来るはずなので、少女が嘘をついた可能性が高い。
 するとそこに、思ったより早く路地裏の奥に少女が駆けつけてくる。そして同じように叫んだ。

「投降しろ!」

もしかしたら彼女は何らかの、マークの位置を知る手段を持っているのかも知れないと考える。仕方ないので彼は走りながら考えることにする。彼は一時中断した思考をまた始めた。
 ならば公安に知らせるべきか?それも出来ない。少女が、マークが公安に駆け込んだときの対策を既に練っている可能性も捨てきることが出来ないからだ。相手は物盗りでも公安でも快楽殺人者でもないと思われる謎の存在だ。一体何をするか分からず、状況によっては捕らえられてしまうかもしれない。そうであるならどうするべきなのか?更にそれを考えていく。
 マークはこれからどうするべきなのか?ロジェリシャットの住む場所は知らず、孤児院に行くわけにもいかないし、機関は今の時間入ることは出来ず、何をするか分からないので公安や人通りの多い場所に行くわけにもいかない。つまり彼は少なくとも朝までは安全地帯を持たぬまま路地裏で追われ続けることになる。マークはそんな状況が続くとするならば朝まで逃げ切れないという確信があった。だから、この状況を解決するには追っ手を打ち倒し、さらに情報を聞き出さねばならない。暴力を振るうなど、普段のマークが聞けば顔をしかめるような行為であるが、今は仕方が無い。このまま逃げて疲れ果てたところを捕まえられるよりはマシである。
 そうとなれば、相手の力を計る必要がある。まずは分かっている限りの相手の戦力を思い返す。今のところ分かっているのは少女一人。他にいた場合はもう逃げることも打ち倒すことも不可能だと思われるので諦めるしかない。なので、一人しかいないこと前提で考えていく。マークの記憶の限りでは、相手が所持しているのは銃だ。その銃は、一回の発射から次の発射まで最高で7秒ほどかかると予測される。そしてマークには一つ、その銃に関する疑問があった。普通、性質子、今回は冷素だと思われるが、冷素を利用しているものにしては不可解な点が存在するのだ。性質子を利用する銃には当然PPTが組み込まれているが、銃の起こした現象を考えるとPPTによって起こされる現象にしては変なのだ。
 霊学に属する学問の内には、霊数学という学問がある。PPTに刻まれる紋様はこの学問によって発見される場合がほとんどだ。その霊数学は、紋様を大きく4つに区別する。その種類は形状紋、位置紋、指向紋、現象紋の4つであるが、先ほどの銃のおかしい点を挙げようとするなら内3つについて説明しなくてはならない。
 位置紋は霊的現象の発生位置を決めることが出来、現象紋は起こす現象を決定し、指向紋はその現象の中心の移動方向を決める。
 あの銃で指定されている現象は対象の氷結だ。しかし離れた位置にあるものを氷結させるには中心を離れた位置に指定するか、中心を移動させる必要がある。中心の位置を決定しているなら、指定どおりの距離をとってトリガーを引かなければ目標を外れ、その前後で現象が起こるのみであり、玄関から逃げたマークを撃ったとき外れたなら、マークが数秒前にいた位置が凍るはずであって、その先にある地面が凍るのは不自然だ。かといって、中心を移動させた場合は霊弾の軌道全てが、発射された冷素の全てがエネルギーの限界を迎えるまで凍りつかなければならない。しかしあの銃から発射された霊弾の性質を見ると、途中で現象を起こさず、冷素を空中で消費すること無しに何かに当たった場合のみ現象を起こすという、奇妙なことがおきていることになる。別に、銃弾自体がPPTならまだ不可能な現象ではないが、あの銃からは実体のあるものは発射されていないはずだ。つまりそれは、性質子自体が発射されているということになる。マークはそれをPPTで実現するにはどうしたらいいか分からなかった。
 マークは、これ以上銃について考えても仕方ないので銃が何を引き起こすものなのか整理できただけでも良しとし、次は自分の位置をなぜ正確に知れるかということについて考えることにする。とりあえず体に何か仕掛けがついていないか、走りながら調べると、案外簡単に見つかる。いつつけたのか良く分からないが、機関が支給した制服のズボンの裾の折り返した部分辺りに、ボタンほどの大きさと形をしたものに針がついたようなものが引っかかっていた。針がズボンに刺さり、その周囲が凍っている。マークは、急いでいたとはいえ今まで良く気づかなかったな、とか走っているのによく落ちなかったな、などと思いつつズボンから外そうとしたが、案外取れない。やっと取れたと思った所で走る音が聞こえてくる。彼は、もしかしたら、位置は分かるが感覚的に方向が分かるぐらいの代物なのかもしれないと思いつつ、そのボタンの形をしたものをポケットに突っ込み、真っ直ぐ伸びる路地裏の、左の横道に身を潜める。
 マークは次に、相手の身体能力を計ることにした。丁度相手が見えた辺りを狙って拳を突き出す。あまり身体能力が高くないマークだが、帝国の方針で高等教育機関の教育内容に含まれる、実践的な体術についての講義を真面目に受けるマークには基本があった。物質を動かす秩素の紋様を使って加速されながら打たれたその拳をまともに受ければ、気絶はせずとも痛みで悶えるぐらいにはなるだろう。相手は自分より体の小さい少女であったが、その小さい少女は自分に銃を向けて撃ってきているのだ。仕方ないと思いつつ、腕を前に伸ばしきる。しかしそれを予測していたかのように少女は後ろに飛びのいて、これまた予測していたかのように構えていた銃のトリガーを引きながら再び投降を呼びかけようとする。

「投降し……っ!」

しかしマークも、自分の位置が予測されていることは分かっていた。体に負担をかける危険な行為であるが、全身を、あらかじめ意識してあった熱素によって描いた紋様でより速く動けるようにする。今のマークの位置から見ればT字路となっている道の壁を背に飛びのく少女に対し、マークはしゃがんでから左前方に飛び、少女の左手の方から攻撃を仕掛けた。少女は打ち出されるマークの右腕を左腕でいなし、自分の左にいるマークのわき腹へ右足を放つ。その蹴りの動きはマークと同じく基本に忠実で、マークにとって幸運な事実であった。その基本に忠実な蹴りを講義中の実演の要領で受け止め、右足を上に向かって思いっきり押し上げる。しかし少女もそれに対応するように左足を思いっきり上に上げ、空中で回転したあと綺麗に着地した。相手がスカートでなくて良かったなどという小市民的で思春期の少年にありがちな、場違いな安心をしながら少女が回転している間にマークは自分の動きが元の通りになっているのを感じ、熱素で足を強化してからもう一度逃げ出す。そして少女の動きに関して、基本に忠実で反応が早く身軽、という評価を下した。
 マークはこれまでの情報から少女を打ち倒すための作戦を練る。相手は身軽で、反応も早い。マークの力ではよほどの不意を突いても気絶に持ち込めるか微妙なラインであり、何らかの霊術、要は空中に紋様を描いたりする戦闘技術であるが、それを使って拘束するほうが良いと判断する。自分が相手を拘束するか、相手が自分を拘束するか。奇妙な状況になってしまったが、一方的に不利な状況よりマシである。そして拘束する上でもやはり不意を突く必要があるが、その不意の突き方が問題である。先ほどから相手が冷素ばかり使ってきている所を見ると、比較的に冷静で無感情な性格である可能性が高い。そんな相手の不意の突き方などどうすれば良いのか。せめて何か意外な事態を引き起こせるような紋様が描ければいいのだが、そういうレベルになると複雑な紋様であるので、一々相手の前で正確に描いている暇は無い。PPTを作れれば話は別だが、と考えたところで彼はあることを閃いた。そうすると、どんどんそこを基点にアイディアが浮かび、一つの策が出来る。成功する可能性は低いが、考えられるものの中では現実的な策だ。早速彼は実行に移すことにした。
 策には一つのミスも許されない。まずは相手からしばらく自由でいられる時間を作る必要がある。その時間を作るための作戦も既に思いついているが、それには路地裏のある地点へ行かなくてはならない。強化によって悲鳴を上げている体、特に足を酷使し、目的の地点へ行く。その辺りは曲がり角の先に伸びる道の横に二つ道が、どちらに伸びていても構わないので、なるべく二つの横道の距離が短く、マークの自宅に出来るだけ近いという条件を兼ね備えている場所だ。
 開始地点である、曲がり角を曲がって少しした辺りで光素の霊紋、紋様を構える。例の確認手段で止まったことを知って不審に思ったのか、相手は再び角から飛び出たあと、素早く後ろにステップして銃を構えるが、慌てて別の行動をとる。その瞬間目を閉じているマークの前に描かれている光素霊紋から少女に向かって強烈で太い白光線が放たれた。

「こんな初歩的な手で……!」

 光の中で相手の声が聞こえる。光素は最近発見された謎の多い性質子だ。光素などと呼ばれてはいるが、光を出すだけではなく、他にも何か影響を与えているはずだと言われている。しかしその影響が何なのかは分かっていない。今のところ本当に光を出すのみであり、マークの放つ強力な光を浴びても最悪目が潰れることになるだけだ。ただ、マークの目的は目潰しではない。一応それもあるが、それに相手がかかるとは思っていない。相手が対応のために闇素を展開しているのを見ると、すぐさま走りながら路地の横道の一つ目に、こちらの位置を探知する物体を投げ入れ、二つ目に駆け込んで身を隠す。闇素もまた、最近になって光素とセットになって発見された、謎の多い性質子である。光素とは反対に周囲から光を失わせるが、やはりこれも、それ以外に影響を与えていると推察されている。ただし現在はまだ光素による目潰しを防いだり奇襲を仕掛けるのに使ったりぐらいの用途である。少女は光素を放たれたときの対応を訓練していたので、訓練どおりの動きをする。非常に基本に忠実な動きだ。光素霊紋は他の霊紋と違い、籠める量の如何によらず霊紋が見える。他は籠める量がある程度少ないと見えないのだが、光素と闇素は違う。光る霊紋を見た少女はまず闇素霊紋を即座に展開する。性質子の量や紋の形状によっては使用者ですら目を閉じても潰れる可能性のある光を、全て指向性を持たせて放たれては目を閉じていても潰れてしまうこともある。光素を放たれたほうはどうしても闇素を放たなくてはならず、後手に回ってしまうのだ。その間に何らかの攻撃が加えられれば、闇素を使って周囲が暗闇になっているので反応はしづらい。なので闇素を展開した直後に隠れられるならば隠れ、防御できるなら防御しなくてはならない。少女の対応はまさしくその対応の基本通りの動きで、光素の展開が無くなっていると確認できるまで曲がり角の前で隠れていた。

「……止まっている?また同じ手か」

 彼女は、マークが移動した後、一つ目の横道に隠れたと思った。すぐに仕事を終わらせるために、一度目は接近戦を、二度目は目くらましを使って来た相手が何をしてくるか予測をする。この近距離で待ち伏せているのだから、確実に彼女の目標の少年は彼女がすぐ来ると分かっている。そして攻撃の手を変えているのは通じないと判断したからであろう。念のために警戒はするが前二回に使用してきた手は来ないと考える。ここから考えられるのは、接近戦と見せかけた心術による攻撃か、準備した上での心術で描いた強力な霊紋による攻撃か、心術で牽制した上で接近戦かのどれかだ。とにかく相手は心術を使用すると踏む。光素の展開が無くなっているのを確認できたので、曲がり角を曲がり、対象がどれだけ横道、左に続く道であるが、そこでどれだけ奥にいるか冷波霊鉱と呼ばれる、冷素を一定の周期で飛ばす鉱石の加工品から発される冷素波を感じ取って理解する。それと同時に、対象が対象自身を巻き込まないような心術の範囲も理解した。まず、対象の向く向きと平行に攻撃される場合、つまりは前方から霊的現象で攻撃される場合を考え、秩素と壁蹴りを使って大きく上へ、前方へ飛び上がる。その後、横道に面する壁に混素、ある一点に物を集める性質を持った性質子で足をつけ、道の様子を確認しながら、上下方向の攻撃を警戒して秩素と壁蹴りを使って横道に入るように大きく跳ぶ。しかし、冷波霊鉱への信用があったせいで確認は、正確には横道のどの辺りにいるか、ということに着目したものであって、そこに対象がいるかいないかは考えていなかった。そこにいるはずだった対象がいないことに戸惑い、手に構えた銃の照準をぐらつかせながら少女は思わずもう一度道を見返してしまう。その一連の動作は大きな隙となってしまった。
 マークは相手が何を考えた結果か知らないが、大きく飛び上がったことを幸運に思っていた。元から上へ飛ばすつもりであったのだ。一つ目の横道に注目しつつ壁に足をつけている少女の方へ向かって駆ける。一つ目の横道へ跳んだ少女へ、先ほどから何回も頭の中で練り、改善していた秩素霊紋を全力で秩素を籠めて発動する。その霊紋は縦に長く伸びた円筒の形で、中心から外へ向かって大きく力を流し続ける紋であった。中心から上にいる相手は戸惑っていた所為で対応が遅れ、何が起こったか分からないまま上空へ舞い上がっていった。マークは相手が上へ舞い上がっている間に秩素霊紋で起こった風で少し飛ばされていた先ほどの冷波霊鉱を回収し、自宅へ走った。

「うぅぅっ!?」

 大きな風の音が聞こえた後に何が起こったか理解できないで思わず叫び声を上げている少女は、自分が先ほどよりさらに上空にいることにやっと気づいた。すぐに我に戻り、少し上で舞っているキャスケット帽を混素で引き寄せ、深く被る。その後、冷素で位置の変化を抑え、運動スピード自体を鈍くする。そしてすぐ対象を追うべく、秩素で加速して対象の感知できるほうへ向かおうとするが、先ほどはそれを利用されてしまったので警戒し、地面へ垂直に加速し、再び冷素で減速してから着地。

「冷波探知が気づかれていたか……」

少し考え、様子を見るために動いている対象をなるべく遠くから警戒して追うことにする。それこそマークの思う壺なのだが、少女は気づかない。落下時の風であおられて少しずれた帽子とマフラーを直し、少女は追跡を続行した。
 なんとか自宅へ着いたマークは、ドアの鍵を閉め、息を切らせながら机の上で整理しかけになっているPPT作成の道具をもう一度机の上に広げた。PPTは形状紋、位置紋、指向紋、現象紋から構成される。その内現象紋以外はどの性質子をどの紋に入れても同じ効果を発生させられる。ただし現象紋のみはある一種類の紋に籠める性質子によって別の効果となる。形状紋に多く性質子を籠めれば指定した形状をそのまま拡大させる。位置紋に多く籠めた場合、領域優先度と呼ばれているものが高まる。形状紋で指定した領域が他の心術と重なっていた場合、この度合いが高いほうが優先され、低いほうはなぜか発動すらしなくなってしまう。指向紋に多く籠めれば、そのスピードが上昇する。現象紋の場合、その現象の強さが上昇する。今回、心術を使用する相手は非常に素早い。指向紋で後から狙うようでは避けられる可能性が高い。しかし動きは基本に忠実であり、予測がしやすい。ならば位置紋をどの程度自身、正確にはPPTから離すか、どう予測される位置に誘導するが重要となる。とりあえず停止を意味する指向紋を彫り、形状はもっとも空間を等しくカバーできる球に決定し、それを意味する形状紋を彫る。次に、現象紋を決めるのだが、今回は冷素を籠めることを中心に考える。なぜなら、原理は分からないが相手が銃で冷素をそのまま放出しているからだ。PPTの原料である霊律鉱には性質子の受け皿となる性質がある。その性質を使って、相手の放った冷素を利用して不意を突きつつ攻撃しようというのだ。あまり多く受け取ると霊律鉱から溢れてしまうが、発射されていた量と今持っている霊律鉱の保持できる量を考えると、冷素を受けても霜焼けになるレベルであろう。なので、拘束に向いた氷結を意味する現象紋を彫る。相手が凍ると思ったら自分が凍った、などという状況はより混乱を加速させると思ったからだ。自分が拘束された時と同じように破壊されないようため、霊遮布で出来た白衣を用意する。これは機関で実験者用に配布される服で、性質子の通りを悪くする性質がある。機関に入った時に渡された二枚両方を持ってくる。相手も落ち着いてからこれで拘束するつもりだったのであろう。そして残りは位置紋であるが、ここだけはまだ決まっていなかった。

「体術の講義を思い出すんだ……。相手は、どういう動きをする?」

 相手の持つ武器は銃だ。拘束の役割を兼任しているとなれば、銃の間合いを保つことを重視するだろう。ならば相手はマークから離れようとするはずだ。その離れる距離とは?訓練された人間が、咄嗟に跳んで下がる距離とは?その方向は誘導できるのか?普通に撃つならどの程度の間合いなのか?それを考え、マークはどうにかならないか家の中を見渡す。そして、台所であることを思いついた。台所はそこの入り口から入って正面に流し台があり、その下のスペースは人一人が入るほどの棚になっている。普段はフライパンやボウルが入っているのでそれをどかし、次にテーブルを入り口の左側に寄せる。そうして出来た物陰は同じく人一人が隠れられるほどのスペースとなる。そして、台所の入り口の、廊下を挟んだちょうど反対側には居間兼寝室への入り口がある。まず、流し台の下に隠れることは決定として、相手はそのどの辺りまで離れるか予想する。多少の誤差は技術でカバーできるので、おおよその距離を決めて、その距離を示す位置紋を刻んだ。あとは位置を探知する冷波霊鉱をどこに置くか、が問題である。流石に二度は騙されないだろうと、そのまま自分が持っていようかと考えていたところで玄関のほうで音が鳴る。一度ドアを開けようとして、開かなかったといった様子の音だ。その後から破壊音が聞こえてくる。もう時間は残されていないと、マークは運を最後の判断を勘に任せた。
 ドアを破壊した少女がマークの家に入って初めにやったことは、冷波霊鉱の反応がある部屋以外全ての探索だった。流し台の下に隠れているマークには部屋の中が荒らされる音が良く聞こえる。警戒しながら全ての部屋を探索し、ついにその反応のある台所に辿り着いた。そこで少女は声を出す。

「ここにいるのは分かっている!投降しろ!」

 入り口前で陰に隠れながら言う少女は、部屋の中を確認する。散乱した調理道具と隅に寄せられたテーブルを見れば、流し台かテーブルの陰に隠れているということは一目瞭然である。そして冷波霊鉱の反応はテーブルのほうにあった。そこで少女は考えた。今まで対象は同じ手を二度以上使ったことは無い。そうであるなら反応のするほうに実際おり、もう一方の隠れているほうこそが罠であると考えられる。だがそれこそが罠であり、もう一度同じ手を使ってくる、ということもありえる。そういう考えを何度かしているうちに、自分が対象の術中に嵌っていることに気づいた。別に一発しかチャンスがないわけではない。台所の廊下を挟んだ向こうにある、居間兼寝室である部屋、そこから撃って試してみればいい。それで反応がなければテーブルのほうにいる。そうすればいいのだ。落ち着いて、歩いて距離を取り、PPTに力を籠める。発射可能なほどの冷素が溜まった瞬間、足元の動きが取れなくなっていることに気づいた。

「なんだと!?」

 わずかな隙間から相手を覗いていたマークは焦っていたが、基本を踏襲した位置に相手が立ってくれたのが幸いし、そのままPPTを使用して相手の足を凍らせて固定した。本人の熱素で足自体は凍らなかったようだが、構わず流し台の下から飛び出る。相手は訓練どおり後ろにステップを踏もうとしたが動けない。条件反射でステップした後に予定されていた動きである銃の発射をしてしまう。マークは、このまま普通に防いでも相手をひるませることが出来ないのを既に予測していた。だから直前に、自らの精神へ光素の心術をかけていた。光素の心術を自分の精神に使ったことにより発生する現象の原理はいまだ明かされていないが、持続が続く範囲内の時間で達成できる目的、目標の成功率が上がるらしい。使いすぎれば精神がおかしくなって元に戻らなくなるのは他の性質子と同じである。マークはそれを、報告されている事例をもとに精神が狂うギリギリのラインまで性質子を霊紋に籠めて使用し、相手の前に飛び出た。だから銃から発射される冷素を、コインほどの大きさしかないPPTで受け止めるという荒業に偶然成功した。マークは自分が移動したために発生した距離の違いを埋めるために、PPTの位置紋の一部にこもった冷素を十分中和できる量の熱素を注ぎ、位置紋の形状を実質的に冷素で発生する霊的現象のみに対して変化させる。そしてそれによって狙い通りの位置に霊的現象が発生し、少女の武器を持つ手が武器ごと凍りつく。相手が凍るはずであったのに自分が凍ってしまったという事態は、マークが霊遮布を持って急いで近づく時間を作るほどに彼女の頭を混乱させるのには十分であった。限界を迎えつつある体に熱素による強化を施しながら相手のほうへ駆け、白衣で相手の手と足を拘束している氷を包み込む。

「そん、……な……」

 顔は見えないが、ありえないと驚いているのは声から分かる。それもそうだ、マークは一般人中の一般人であるはずで、少し訓練された武器を持つ人間に襲われればひとたまりも無く負けてしまう程度の人間である。なぜそんな人間が、良く訓練され武器を持った少女に敗北したか。それは単に運が悪かった、それにつきる。少女が来る直前まで運悪く彼が紋様の種類や効果を載せた本を見ており、運悪く彼がその使う場合のシュミレーションを多く行っており、運悪く彼女の拘束方法とそのシュミレーション内容の状況が同じではないが、似た対応をするものが含まれていて、運悪く彼女の持つ道具や武器、動きが利用されてしまった。本当にこれだけだ。もちろん、マークの勤勉さが自身の身を助けた面もある。ただ結局のところ運のウェイトが非常に高い。少女からしてみれば理解できないことの連続であり、一般人を拘束することが適わず、それどころか逆に拘束されてしまったこの状況、自らの失態は非常に大きなショックと敗北感を呼ぶ。
 なんとも絶望感溢れる様子の少女に対し、マークは質問をすることにした。彼には聞きたいことがたくさんある。自分は政治犯ではないのに逮捕命令が下ったこと、そもそも少女は何者なのか、
そんな質問を考えながら、秩素霊紋を準備する。秩素には情報を引き出すという使い方がある。混素が相手より低い場合は無理だが、相手から無理やり情報を引き出すということも可能である。普段のマークならやらないことの一つであるが、今は緊急なのでそうも言っていられない。先ほど全力で秩素を使用したためにかなり減少しているというところが彼にとっての不安である。

「話を聞かせてもらうよ」

 そう言いながらとりあえずマークは相手の顔を確認するためにキャスケット帽を取る。そこで、彼は予想外の事態に驚いた。

「霊人!?」
「くっ……、そうだ」

なぜか霊人と指摘されたことを悔しそうに言う少女から大量の冷素が吹き出てくる。その瞬間、部屋中が冷素で満たされ、凍りつき始めた。帽子を取って見えた少女の目はつり気味の青色、そして冷素霊人特有の綺麗な氷の粒が混じったような、そんな目をしていた。マークは慌てて玄関へ向かおうとするが既に玄関への道は厚い氷の壁で閉ざされている。ならば窓を破壊すればいいと、窓の辺りに霊的現象を発生させるための熱素霊紋をありったけの熱素をこめて描こうとして、失敗をしたと思った。空間に満たされた冷素の所為で熱素霊紋はその紋様を描ききる前に中和され、彼には何も起こすことが出来なかった。彼が持つ程度の熱素では、霊人が無造作に空間へばら撒いた冷素の量すら超えることはできない。どうにかしなくてはならないと、もはや唯一残った混素を全力で窓の破壊に使う。しかし厚い氷をマークの力では破壊することは出来ず、ひびすら入らないで無駄に終わる。本来人間が霊人とまともにぶつかって勝つ方法など存在しない。今までなぜか霊人としての力を発揮してこなかった相手が特殊だっただけだ。そこでマークはこんな状況だというのに、銃で性質子をそのまま飛ばす方法を思いついた。霊人には性質子のコントロールがある程度可能で、空間に飛ばした性質子を使って任意のタイミングで霊的現象を起こしたり、起こすタイミングをあらかじめ決定することが可能なのだ。PPTから発射されるはずの氷の弾丸は性質子の弾丸として操作され、ある一定度固いものにぶつかった時に発現させるようにしていた、それがあの銃の、銃弾のしくみであった。そのことと、冷素霊人は成長や外見の変化が遅いこと、すなわち幼い外見に合わない落ち着いた声を出していること、などのヒントは多くあったのに、なぜ気づけなかったとマークは後悔する。

「どうすれば、いいんだ……!」

 確実なことは何一つ分からないままこのまま倒れるわけにはいかないが、彼にはもう何も残されていない。少女は何らかの方法を使って手足の氷を破壊していた。自身の冷素を使って氷を局所的に冷やし、温度差によって発生したゆがみを元にぶつけて破壊したのだが、二人ともその原理は分からない。少女はただそうすればできると経験で知っていただけなのだ。学者の卵の実験に使う白衣に使われる程度の霊遮布では霊人の性質子を防ぎきることは出来ない。手足が自由になった少女はこちらに歩み寄りながら言った。

「命令は拘束なんだ……」

 ただでさえ大量の熱素を使ってしまっているのに、空間に満たされる冷素のせいで更に失われていく。自分の体温が下がっているのを明確に感じ取っているマークの意識はすでに朦朧としており、なぜか切実そうに言う少女の声を聞いたのを最後に途切れてしまった。

「死んでくれるなよ」

それは、ちょうど日付が変わった辺りのことであった。






「う……」

 目が覚めたマークの視界は閉ざされていた。彼の顔に目隠しがつけられていた所為だ。彼のいる部屋には彼を拘束した少女もおり、彼女はマークがうめき声を上げたので目が覚めたのだと気づいた。

「目が覚めたか。呼ばれている、来い」

椅子に座らされているマークの足の拘束を解き、少女は視界を封じられているマークに歩く方向を触れて示す。立ち上がると、マークは体、特に足に痛みが走っているのを感じた。

「痛っ」
「逃げるのにも熱素を派手に使ったようだな。筋肉が切れなかっただけ運が良かったと思え」

痛みに耐えつつ歩き出したマークは、状況が全く分からず不安なので質問をする。

「ここはどこだ?」
「それには答えられない」

追求しても答えてくれそうもなかったので、マークは質問を別のものに変えた。少女は、階段だから足元に気をつけろ、と言って促す。

「今はいつなんだ?」
「……それくらいなら答えてもいいか」

 少し考えるための間をおいた少女は答える。平地を歩くのに少し慣れたと思ったら階段になり、それで起きた別種の痛みにマークは顔をしかめた。

「お前が拘束された次の日で、今は丁度昼時だ」

今が何時か分かるだけでマークは少し安心する。いったんそれは置いておき、更に質問をする。

「呼び出されたって、誰に?」
「もうすぐ会えるから本人に聞いてくれ。私からは答えられない」

冷たい感じで答える少女は、それに続けて事務的に言った。

「階段はここで終わりだ」

そこから数十歩ほど歩くと、ノックの音がマークに聞こえた。そのあと、奥から入っていいよ、と高めの男性の声が聞こえ、ドアの開く音がする。

「ようこそ、マークヘリオ・アーデルバーグ君!」
「この少年がか……」

マークはノックの返事をした男とは別の男の声を聞いた。低く落ち着いた声だ。

「リシアちゃんもお疲れ!一杯食わされたらしいね!」
「……はい」

嫌味ったらしい言い方をする高い声に、少女の声が反応する。その後、高い声の男はマークに近づいて、何やらぼそぼそと耳元で呟いた。すると、みるみるうちに目隠しをしていても分かるほどの焦りと驚きと困惑が入り混じったような表情をし、大声を出した。

「正気ですか!?彼らだって人間でしょう!?」
「おぅわぁっ!あんまり近くで叫ばないでくれよ!」

声が高い男は驚いて大きく離れる。そしてにやりと笑って言った。

「ということは、ビンゴだね。リシアちゃん、目隠しとっていいよ」
「え……?」

 戸惑う少女に対し、声の高い男はもう一度、一つ一つの言葉をぶつぶつに切りながら言った。

「め、か、く、し、と、っ、て」
「は、はい」

 少女の手が頭の後ろの結び目にかかり、目隠しが取られる。マークは急に明かりを見たのでまぶしく思い、目を細めた。その様子を見て慣れるまで待とうと思ったのか、声の高い男は少女、リシアと呼ばれた人物に話しかける。

「鈍くさいなぁ、そんなんだから一般人相手に一回拘束されたりするんだよ」
「……申し訳ありません」
「いや、いいよいいよ。結局こうして捕まえてきてくれたんだから。お払い箱は勘弁しておいてあげるから」
「ありがとう……ございます」

 マークの視界は元に戻ってきた。少々話しかけにくい雰囲気であるが、マークは構わず声をあげる。

「貴方たちは誰です!?」

突如大きな声をかけられた所為なのか、声の高い男は少々素早くこちらを向き、一つ間をおいてから答えた。

「私たちはね、帝国情報局。ちょっと一般の皆さんには教えられないお仕事をする人達さ。で、私はそーんなこの場所の局長、一番偉い人のアドラス・ラダさん!」
「じょ、情報局……?」

覚えのない言葉を聞いてマークは困惑する。その様子を見て、アドラスは当然の反応だろうといった様子で笑って言う。

「知らないのは無理ないよね。普段は隠れてるし」
「そ、それで!僕が何で政治犯なんですか!」

あーそれ?、と一拍おいた感じで言ったアドラスは答えた。

「罪のでっち上げが一番しやすいのが政治犯だからだよ」
「なっ……」
「あぁ、君の名誉なら気にしなくてもいいよ。この逮捕は結構秘密にされてるから」

マークは驚きで次の言葉が言えないでいた。

「最近は公安に頼りすぎちゃったから、公安も隠蔽が大変だからそっちでやってくれって言われてねー。仕方なくうちの人、そこのリシアちゃんに動いてもらったんだ」

指差されて、少女の方を見る。室内だというのに少女はまだ帽子を被っていた。

「……っ」

マークがリシアのほうをみると、リシアはなぜか申し訳なさそうな様子で顔を背けた。

「あとは……、あと、なぜ僕はここに?」

 その時、待ってましたと思っていそうな顔をアドラスは見せる。その表情を見せたあと、言った。

「君の論文あったじゃない?」

確認するかのような聞き方だったので、マークは首肯する。

「あれね、帝国の機密実験があったんだけど、そこの特別顧問官さん、私より偉い人がね、君がその内容を知っている、若しくは自分で辿り着いちゃったって言ったんだよ」
「なんでっ!そ、それだけで!」
「君の論文は世に出すわけにはいかなかった。でも、提出した論文が公表されないとおかしく思うだろう?そこから話が広がったりするのはちょっと避けたいかなって思ったんだ」
「そんな理由で……」

納得がいっていない様子のマークにアドラスは続けた。

「君も聞くだろ?戦争の噂」
「……はい」
「そういう敏感な時期なんだ、今は。だから君みたいな芽は摘み取っておこうと考えた」

信じられないといった様子で、マークは顔を青くし、うつむいている。もう一つ、彼は彼自身がこれからどうなるのか質問をしようと思っていたが、呆然として質問できなかった。今度はアドラスから質問が出される。

「ねぇ、何でこーんなに人の噂に敏感な情報局、それも一番偉い人がここまで話したと思う?」
「…………」

それどころではないとマークは思っていた。しかし、次の言葉でさらに衝撃を受ける。

「それはね、君の処遇がもう二度と話せなくなるようなものに決まっているからだよ!」

愉快そうに言うアドラスは、書類を持ってくるからちょっと待ってね、とリシアに書類を持ってくるように命じた後に言った。頭の中の血が更に引いていくのを感じながら、マークは自らの身がこの先どうなってしまうのだろうという思考でいっぱいになっている。どうすることも出来ないこの状況では、マークの命運は彼らに握られているのと等しい。しかし彼には、まるで処刑台に立たされたような気分でリシアが書類を持ってくるのを待つしか無かった。彼には、自らの無力を悔いる、もはやそれだけしか許されていない。







あとがき(なかがきなのであろうね)

本来は存在しないはずの章。無理やり書いた感。
あと、無理やり~つづく~にした感。ヒイロの、ぷかー(つづく)、ぐらいは。



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非公開コメント

当てもなく逃げることを強いられた結果がこれだよ!!!

ロジェリシャットさん空気過ぎわっろち。

アドラスさんが楽しそうで何よりです。

アドラスさんは本当に楽しげなお方

ロジェリシャットは、しばらく出番無い。多分。でもあとで結構でかい出番がある。多分。

アドラス(本人だけ)は次の章でもっと楽しくなるよ!
プロフィール

しなび。

Author:しなび。
なんていうか、もうどうにでもなーれ☆

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