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囃子の音は海を駆ける:船出する愉快なゴスペル

広告に負けたくなかったので。













 甲板での騒ぎを聞いてから収容所の子供達の安否を確認し、甲板の軋む音の原因を確かめに来たユドは驚く。

「な、何だこれ!どうなってんだ!?」

甲板では死体も混じっている中で皆倒れ、意識を失っていた。唯一起きているのは膝を突いてやるせない表情をしている男だけだ。マークも一応起きているが、ユドは気づかない。事態を知るため、男にユドが詰め寄った。

「おい!何があったんだよ!」

しかし男は頭が真っ白になっており、ユドの問いかけには答えなかった。何度か呼びかけてみたが心ここにあらずであり、ユドは少し苛立って悪態をついてから男から離れる。
 誰か起きていないか、倒れている人の中からまだ意識がある者を見つけようとする。

「誰か起きてないか!」

踏まないように避けながら甲板を歩いているとマークの呼びかける声がユドの耳に入る。

「坊主か!大丈夫か!?一体何があったんだ!?」
「だ、大丈夫ですよ。少し疲れているだけです」

 マークが上体を起こし、一つ一つ説明を始めた。

「まず、まだ一人敵が、それも混素霊人が残っていました」
「れ、霊人って……。いないって事はもしかして倒せたのか!?」
「霊人が倒されたことは合ってますが、倒したのは僕らじゃありません」
「俺たちじゃないって、あの男が?」

ユドは驚いて見覚えの無い、哀愁漂う男の方を見る。

「いえ、違いますよ」

他に予想がつかないユドは困ったような顔をし、マークを見る。そのマークが東のほうを指差して言った。

「あの船から、何か、すごく大きな力が来たんです。それがその霊人に直撃して、船から遠くへ飛ばされていきました」
「船……?」

指差された方向を見て、ユドは納得いかないような顔でマークに聞く。

「あの船……、一体何なんだ?」
「それは、僕にも分かりません」

 東から今もなおこちらへ進んでくる船は突如争いの中に出現した。何者かが分かるのはうなだれている男のみなのだろうが、とても問いかけに応じそうもない。どうやら正体を知るには待つしか無い様だとマークは思う。
 謎の船は現在一般に普及しているタイプより遅く、マークたちが乗っている船が普通に稼動していたならば追いつけないようなスピードで進んでいた。帆に当たる風のみで進行するこちらの船に対し、向こうは風と、煙から察するに燃料で動いている。向こうがこちらにだんだんと追いつく形で近づいてきていた。
 二人は早く正体を知りたいと思っているが、二人とも帆の上げかたを知らないし、そもそもマークは疲労で動けない。追いついてくる間にケヴィたちが目を覚ましてきた。彼らは自らの身が無事であることに驚き、既に起きていたユドに説明を求める。しかしユドもマークから話を聞いただけであるし、そのマークも良く分かっていない。彼らも同じように向かってくる船を待つしかないと考えた。
 男達の中に帆のたたみ方を知っている人がいたので、その人物の指示で帆を皆でたたむと船のスピードが落ちていく。一通りの応急措置を終えたマークがどれくらい追いついているか見に来る頃には、既にすぐ後ろで件の船が横につけようと準備をしていた。
 そのままマークたちが乗る船の右に進んできた船の甲板に立つ人物たちが見えてくる。そのうちの一人、銀の髪を後ろで上げている軽めな民族衣装を着た少女が船端に飛び上がってから腕を組んで仁王立ちをし、大きな声を出した。

「帆なんかたたんでどうするんだ!私らと戦いたいの!?」

 勢いと余裕のある言い方だった。言語がリラカトラ語だったので、内容はマークとユドにしか分からない。ケヴィたちはユドに説明を求める目を向けた。そのユドとマークはというと、その危なっかしい内容に驚き、もうこれ以上は戦えないため、とんでもないといった反応をする。
 ともかく戦いは避けたいと思うユドは、真剣な顔で同じく大声を出して返答した。

「戦うつもりは無い!」
「へぇ……。いつもの様に抵抗しないんだ?」

 マークは、なぜあの少女がけんか腰なのかは知らないが、その対象がこの船の本来の所有者であるのかも知れないと考えた。誤解を解いたほうがいいと感じたマークはどうにかして立ち、前のほうに出て叫ぶ。

「僕たちはこの船の持ち主ではありません!乗っ取ったんです!」

 我ながら不穏な単語を使うようになってしまったなとマークは思う。彼が政治犯に仕立て上げられて捕まったのはまだ1日前のことであるというのに。それだけ彼の周りの境遇が大きく急変してしまったということだろう。

「はぁ!?」

 少女はそれを聞いて驚き、少しオーバーな動きをする。船端という狭い足場に立っていたせいでよろけた体を持ち直しながら、彼女はオーバーに両腕を上げて喜び出した。

「うおーい!助かったー!」

 どうにも争いが回避されたような雰囲気が出たので、マークも両腕を上げはしないが喜ぶ。危なげな雰囲気だったのであまり向こう側の甲板を見ていなかったマークは興味本位で甲板に立つ人を見た。
 人数は三人。一人は逞しい体つきをした金髪で髪の短い中年の男性で、喜びと呆れが混じったような表情としぐさをしている。その右のもの静かな雰囲気を見せる、紫色の髪を後ろで一本に纏め上げている女性は無表情だが、右腕を腰の辺りまで上げて親指を上へ一本立てている。残りの一人はマークより歳の若いおとなしそうな少女で、船と船の間を渡るための橋をなぜだか必死に抱きかかえようとしているのだろうが、体が小さいため必死に支えているようにしか見えない。
 状況が分からないケヴィたちは、ユドの説明を求めているが、ユドもまだよく分かっていないので争う気は無さそうだとしか説明できずに困っている。マークが甲板を見、ユドが困っているときに少女は向こう側の乗組員らしき人物に声を出す。

「ミィシア!橋かけといて!」

 そう言って、彼女は船端からジャンプして海を飛び越え、マークたちのいる甲板のほうへ降り立つ。突然の行動に全員が驚くが、少女は気にせずに質問をした。

「えー、操舵部ってどこ?」

 ユドにもマークにも意図がさっぱりであったが、二人とも親切心と恐らく助けてもらったであろう恩返しとして、まずお互いに知らないか聞きあう。その結果どちらも知らないと分かったのでユドは周囲の男たちに聞き、少女に教えた。

「いや、悪いね」

 場所を聞くとそう言って、教えた方向に向かっていく。
 マークがふと向こうの船を見ると、先ほど必死に橋を抱きかかえていた少女が今度は必死になって船と船を結ぼうと橋をその場から動かそうとするが、支えるだけで精一杯なのか危なっかしい。あまりにも見ていられないので手伝いたい気分になっていると、中年の男が何か、恐らく自分にまかせるように声をかけ、大きな橋を片腕で持った。少女は礼をしているのか情けなくてシュンとなっているのか分からないが、頭を下げている。橋に隠れて見えなかったが、少女は作業着を着て帽子をかぶっていた。そんな彼女の持っていた橋を、男がなんでもないように互いの船端に乗せる。
 目的が分からないままなので、皆困惑を隠せない。通訳の役を全て任されている状態のユドが聞こうとしたところで、操舵部から戻ってきた少女がユドの目の前を通ったので彼は思わず言葉を出せなくなった。しかし、その脇に抱えている大きなテーブル状のものを見て、マークのほうは思わず声を出す。

「そ、それはこの船を動かすPPTコルムだよ!持っていかれたら船が動かなくなる!」

 あまりにもいきなりのことだったので、彼はさっき使った丁寧な言葉遣いではなくいつも通りの口調で話してしまった。
 PPTコルムとは、PPTを重ねたものである。円柱である必要は特に無いし、PPT同士を接着するなどの処理も必要というわけではない。共通な規格として円柱にして集霊植物の樹脂などでくっつけているが、本当にただ重ねただけでもPPTコルムと呼べる。持ち運びや簡単さを重視した結果そのような規格に落ち着いた。組み合わせる意味であるが、簡単な性質子の操作で複雑な効果を得るというものが主だ。複数の効果を組み合わせて一枚のPPTでは起こせない事象を起こすという目的を持って作られる。
 そんな個人では到底作れそうに無い複雑かつ高価なものを持っていかれて驚いているマークに対し、既に片足を橋へかけている少女は首だけ回して答えた。

「石炭とかあるでしょ?うちの船にはもう石炭も食料もPPTも無いんだよ」
「た、確かにそうだけど……」

 予備のための石炭はこの船に十分積まれているだろう。少なくとも、本来の航路の半分を進みきるぐらいはあるはずだ。ただしあくまで予備のためであるので最低限のレベルしか積まれていない。下手をすれば質の悪い石炭が積まれているどころか、そもそも入出港の分しか積まれていない可能性もある。さらに、彼らには目的地がまだ分からないし、サディオラ海域は地図が正確に作られていない海域である。慣れた航海士でも航路を間違えることが多々ある場所だ。そんな場所を知識も無く石炭と風のみで行けというのは、死ねと言っているのと同じである。たとえ一人残っているこの船の本来の乗員に聞こうとも、正直に答える確証は少ない。何せ敵なのだ。
 そこまでマークが考える頃には、少女は橋を渡り終えて、橋を抱きかかえていた少女にPPTコルムを渡していた。橋は男が持ち上げ、向こうへは渡れなくなる。橋を抱きかかえていた少女は、今度はPPTコルムを重そうに両手で抱きかかえ、向こうの船の操舵部と思われる方へ行った。銀髪の少女は軽そうに持っていたが、金属で出来たものをあのように持てるはずが無い。しかし、そんなことは全く関係の無い些細なものだ。

「坊主、いいのか?」

 ユドが心配そうに聞いてくる。話を聞けば大体の人間が心配になるだろう。それどころか非常にまずい状況なので、マークは素直に言う。

「全く良く無いです」

 しかし、あそこまでナチュラルに船の心臓部分とも言える部分を持ち去られると、少し文房具でも貸した程度にしか思えなくなってしまう。緊張感に欠けているが、戦闘の後でかなり気を削がれているマークは、そんなに緊張が持てなかったのだ。

「……そうか」

それはユドも同じで、脱力したように返事をするだけだった。
 ケヴィたちは全く状況が分かっていないようだが、何かを待っている雰囲気を出している二人を見て、しばらく待とうと判断している。実際のところは二人とも、持って行かれたPPTで目の前の船が進み始めるのを黙って待っているだけだ。恐らく勝ち目は無い。なぜならあの霊人をいとも簡単に弾き飛ばしたのはあの船に乗っている誰かなのだ。

「これからどうしようか」
「とりあえず、あの男に一番近くの港とかを聞いてから船を動かしましょう」

 呆然と船を眺めながら二人はこれからのことを相談する。まず、生き残った男に道を聞くということなので、二人でその男の方を向く。

「船動かせる人、いるといいですね」
「あぁ」

 そうやって相談していると、マークは目の前の船が一向に動き出さないことに気づいた。ユドもそれに気づいたようで、マークに聞く。

「船、動かないな」
「もしかしたら、PPTコルムの起こす霊的現象が船のタイプと一致してないのかもしれません」
「坊主は賢いな」
「人より物を知ってるだけですよ」

世間話の要領でやるせない目をしながら話していた二人は、今の会話の内容を思い出して顔を合わせた。

「も、もしかしたら!」
「あ、あぁ。助かるかもしれないな!」

 突然来て突然去られることは無く、この辺りに詳しいとおぼしき者たちに話を聞けるかもしれない、そう思って希望が湧く。

「船動かないんだけど!」

 直後、目の前の船の上のほうから、声が聞こえる。先ほどの銀髪の少女のものだ。彼女は黒い髪の少女となにやら話しこんだあと、マークたちのほうの船端に駆けより、上体を乗り出して再び話しかけてきた。

「誰か!そっちでPPTとか心術に詳しい人いない!?」

 そら来た、と二人はもう一度顔を見合わせ、ユドは答える。

「この坊主がそうだ!」

それを聞いた少女は、すぐさま横にいる黒髪の少女に言った。

「ミィシア!もう一度橋かけて!」

 黒髪の少女は先ほど出来なかったことをもう一度やれと言われ、困ったようだ。しかしけなげなことに、一度しまわれた橋を必死になって取り出そうとする。結果は当然の如く動かない。またやってきた中年の男が橋を持ち上げ、同じように軽々とかける。
 マークはこれから頼まれるであろうことをするのもそうだが、自分達の状況について話すため、向こう側の船へ渡ろうとする。船端へ上がり、前を見てみると銀髪の少女も同じように上がっていた。彼は自分が向かうものだと思っていたので少し驚いて止まる。彼女はそれに構わず、橋の途中で止まっているマークのところまでずいずいと進んできた。

「こっち!」

彼女はマークの手を引いていく。その強引さにマークは、なんとなく喜び興奮しているときのレーネを思い出した。
 橋から降り、改めてマークは船に乗っている人を見る。黒髪の少女は真剣ながらもどこか恥ずかしさでためらっていながら、何かを頼むような仕草と表情で、金髪の男はよろしく、と言っているかのような笑い方をし、紫髪の女性は無表情だ。マークの手を引く少女がどんどん進んでいくので見る時間はそれほど無く、階段を上って彼女達の船の操舵部へと連れてこられる。

「これに熱素を入れても動かなくてさ……。あ、ミィシア説明おねがい!」

ミィシア、名前を呼ばれて小動物のような動きで階段を上ってきている黒髪の少女が来るまで、マークは話をする前に一度PPTコルムの様子を見ておくことにした。
 PPTコルムのサイズは一致している様で、操舵輪の正面の床にはまっている。マークが察するに、船とPPTコルムの起こす現象が一致していないのである。しかしそれはまだ彼の予想でしかない。だからこの船の構造について説明できる人を呼ぶことがマークには必要だった。

「あ、あの……」

 銀髪で民族衣装を着た少女が呼んだ人物、ミィシアがそうなのであろう。マークの隣に来た彼女はおずおずとこの船についての説明を始めた。

「この船は熱素でうご、動かします……」

 曰く、この船、カーロッシャ号は蒸気を起こす熱を発生させる方法が燃料によるものと心術によるものの二つがあるそうだ。

「で、でも動かそうとしても動かなかったんです。わたし、いっぱい調べたんですけど、分からなくって……。PPTのことはぜんぜん知らないからあとは、そっ、それしかないってお、思って……」

 ミィシアはつんのめりそうな急ぎ足で説明した。最後の方は実に自信なさげであり、本当は自分が何か見落としたのではないかという心配が見て取れる。
 原因を確かめるために、マークが船の運航方法と操舵輪にはまっているPPTの霊的現象を調べていく。彼は指向紋、形状紋についてはまずおいておくことにし、最初に位置紋に関する質問をした。

「この船の動力ってどの辺りにあるのかな」
「あ、ひゃ、はい!」

 しばらく説明に相槌を打つだけだったマークが逆にしゃべりかけてきたからなのか、ミィシアは少し慌てながら返事をしてから船の動力があると思われる場所へ、走って向かおうとする。しかしマークが知りたいのはおおよその位置であって、細かい位置については必要が無いし少々面倒なのでミィシアを止めた。

「あ、動力は見せなくていいよ!」

 ミィシアは前のめりになりながら階段の前で急停止した。振り向いた彼女はどうして動力の位置を知りたいのに止めるのか分からず、自分が聞き間違えたとか、いじわるをされているとか様々なことを考える。目の前で見る見る泣きそうな顔になっていくミィシアを見たマークは戸惑った。二人と同じく事態を把握し切れていない銀髪の少女が何かを言い出す前に、マークは必死に原因を考える。
 そして、泣きそうになるまでの過程はともかく、マークが止めて混乱させたことが原因だろうと予想がついたので彼は詳しく伝える。

「大体の位置が分かればいいんだ。動力部まで行かなくても、ここから何処か指すくらいで大丈夫」

それを聞くと二人とも合点がいったようで、ミィシアは階段からマークの近くへ指す方向が見えやすい位置まで歩き、動力のほうを指差した。その方向は操舵輪の前の斜め下で、それを踏まえてマークは位置紋の示す位置を見直す。おおよそ一致しており、問題はないと彼は思い、次に現象紋を考えることにした。

「この現象紋は、えー……」

 彼の記憶には、はまっているPPTコルムの一枚目のPPTに刻まれた現象紋は熱素をこめた時であれば、運動を倍化するという効果を生むものであると思い出される。マークは確認のため、もう一度ミィシアに普段PPTコルムをどう使っているか聞いた。

「あっ……、その……。炉の中を熱くするんです……」
「ごめん、二回も聞いちゃって」

 彼は考える。炉の中を直接熱くするのだとすれば、このPPTコルムでは炉は熱せられずに、運航することが出来ない。それどころか波で揺れる内部の水の運動が熱素を加えたタイミングの方向に加速し、指向紋や形状紋にも寄るが、炉の内壁が高速で回る水の所為で磨耗したり、強く打ち付ける水で内壁が破壊されることで故障する可能性すらある。明らかにPPTコルムのタイプが合っていない。

「多分、このPPTには本来秩素か混素をこめてたって思う」

 偶然炉の位置に対する位置紋は合っていたが、起こす現象は全く合っていない。もし秩素か混素をこめても、同じように水で炉が壊れたり、直接内壁に加えられる力で炉が歪んだりする。マークには船の構造はさっぱりだが、ミィシアなら分かるかもしれないと、話してみた。すると彼女は必死な様子で考えこんで、パッとひらめいた顔をした後にたどたどしく答えた。

「PPTが燃料じゃなくて、あの、その……。動力の代わりになってるんです……」

 蒸気機関の起こす力学的エネルギーを、PPTで直接発生させる。マークの目の前のPPTの用途はそうであると予測される。原因が見つかりマークとミィシアは安心するが、銀髪の少女は逆に不安になる。

「そ、それじゃあこの船は動かないってこと……?」
「そういえばそうだった」

一度丁寧語抜きで喋りかけてしまったのため、戻すのも恥ずかしくて一貫させるよう話すマークは、解決の方法をすぐに浮かばせることが出来た。

「僕らの船を動かせば行けるよ」

 ケヴィたちが乗る船は操舵輪の正面にあるPPTコルムがあれば動き、この周辺の海域に詳しそうなマークが今乗る船の乗員たちがいれば問題なく近くの港などに行ける。彼は非常に名案だと思った。逆になぜ思いつかなかったか不思議なぐらいであるとも感じる。しかし、ミィシアと横の少女はあまり良い反応を示さなかった。先に口を開いたのは、あまり積極的であるという印象を受けないミィシアだ。

「それは……この船を捨てるってことですか……?」
「……捨てることになるかも知れないね」
「だっ、駄目です!!」

これまでの会話で、マークには大声を出すような人物に思えなかったミィシアが大きな声を出して反対をした。マークにとってはあまり積極的な印象を受けない彼女が反対するだけでも驚くことだが、大きな声だったので更に驚く。そうしてマークが黙ってしまったので、ミィシアは慌てて言った。

「あ、あのっ!別にいじわるとかじゃなくて、この船は……大切なんです!」
「いじわるとは思ってないよ」

ミィシアはどうみても意地の悪いことをしなさそうな人間に見える。むしろ、そんなことをすれば罪悪感と後悔でしばらく落ち込むだろう。

「ともかく、この船は捨てたくないんだ?」
「は、はい!!」

 勢い良く答えたミィシアに驚きつつ、マークは再び解決策を考えはじめた。ミィシアが大事にしているというこの船、カーロッシャ号が捨てられないのなら、マークたちの船で引っ張るしかないのだろうか。しかし船を船で牽引するには道具も技術も必要そうだと思われ、両方揃っていることは当てにしにくいだろうとマークは他の案を考える。そこでマークは気づいたのだが、カーロッシャ号が動かせないものと決めつけず、どうにかして動かそうとすればいいと知る。PPTがなくても燃料さえあれば船は動くし、食料をカーロッシャ号へ移せば何日かは風のみであっても航行できるはずだ。その上でマークたちもカーロッシャ号に乗せてもらい、どこかの港まで送ってもらえば全く問題はない。
 彼は今考えた内容を二人に伝えた。

「いいの?そっちの船を捨てることになるけど」
「多分納得してくれると思う。あの船は僕らにとってさほど意味が無いし」

 カーロッシャ号を捨てることにならなくて安心しているのか、安堵の息をはいているミィシアを見つつマークは続ける。

「むしろ、僕たちじゃあの船を動かせないかもしれない。このあたりのことも全く知らないから助かったよ」
「えぇっ!?あっ、そりゃ悪いことしちゃった……」

 あの絶望的な状況を救ったのは彼女らであると思っているマークは特に責めたりする気にもなれず、一言で済ませた。

「いや、ちょっと笑えた」

これは今問題がなかったからこそ言えたものであるが、そんな今だからこそ言えた彼なりの冗談だ。どうやら銀髪の少女には受けたようで、カラカラと笑いつつ彼女は言う。

「なにそれ」







 マークはカーロッシャ号から戻り、皆と話をした後準備を進めた。ユドによれば、ケヴィは船を捨てることにすぐ是と返してくれたらしい。どうやら敵が憎ければその船まで憎いようだ。あとは荷物、特に燃料の積み込みを皆で行うのだが、昔炭鉱で働いていたという男があることを言っていた。もちろんそれもユドから聞いたのだが、内容はこうだ。

「量はあるが、どうも質が悪い。煙ばっか出るだけだぞ」

熱の出が悪いので、距離によってはつくまで水や食料が持たないかもしれない。その情報を知ったマークは一度カーロッシャ号のほうへ行って操舵輪の脇にいたミィシアに相談してみたが、彼女には燃料の質や量でどれぐらい動けるのかは分からないようだし、どちらにしろ風の具合によっても持つかどうかが分からない状況らしい。

「せめてPPTがあればいいんですけど……」
「PPTか……」

 マークは呟いてから考える。現状を見ると、PPTがなければ運によっては途中で食料が尽きてしまう可能性が高い。人数が多いこともあって、食料は持って2日だという。燃料も、1日持てばいいほうだ。運がよければ、今は朝であるが、日が沈む頃には到着できるらしい。だが、PPTさえあれば燃料を使わずとも安定した航行が出来る。PPTは必須のものであると言えよう。であるならば、彼は自分のやることなど明白ではないかとすぐに結論を出す。

「PPTは作れないけど、僕が熱素霊紋を作る」
「で、出来るんですか!?」

 ミィシアに驚かれ、マークも驚いてしまう。紋の暗記はPPT技師、研究者の卵が勉学に励むことによって生まれる副産物に過ぎない。PPTが普及した今だと、暗記している者は紋に関わる仕事をしている、いわゆる専門家の類である。マークは勉学ばかりに打ち込んできたため、その辺りを知らず、単純に紋を組むぐらいであれば当たり前に出来るのが普通と考えている節があった。

「いつも使ってるPPTコルムより効率がすごく悪いと思うけど、作るぐらいならどうにでもなるさ」

 せめて燃料を使うよりは良い物を作りたいと望むマークは、すぐさま作業に移ろうと考え、ミィシアに動力を見せてもらうことした。

「あ、あの……直接見たいって意味ですよね……?」

そう言われ一度マークはキョトンとするが、先ほどのやりとりを思い出した彼は可笑しさと申し訳なさの混じった苦笑を浮かべながら答える。

「うん、そうだよ。どう暖めるか考えるんだ」

答えを聞き、彼女は動力のほうへ向かいながらマークに着いてくるよう促した。操舵部の下にある入り口に入ってすぐ脇にあった梯子を降り、扉を開けると船の動力を生み出す蒸気機関がそこにある。再び梯子を降りて暗い部屋の中、ミィシアに着いて動力部へ歩いていく。

「ん、わっ……っと」

 何かが足にひっかかり、驚いて声を上げながらバランスを戻したマークを、声に反応して振り向いたミィシアが見て言った。

「ご、ごめんなさい。片付けて無くて……」

彼女は慌てながら工具箱を脇にどける。足元が暗くて、これでは転ぶのは当然だと考えたマークが光素で紋を描き、辺りを照らそうと天井を覆うように光を発生させる。ミィシアは部屋が照らされきってから何かに慌てて静止しようとするが、距離が遠く間に合わない。いきなり明るくしたために起きた眩みが消え、マークは周囲を見渡してたじろぐ。

「うぁぁぁ」

ミィシアがかぶっていた帽子を、両手で掴んで顔が隠れるように前へずり下げた。それもそのはずであろう。動力室の中は非常に散らかっており、マークが一般的に描くような無機質で複雑な動力室のイメージからは大幅にかけ離れた、きわめて有機的な生活感で溢れているのだ。このような醜態と呼べるものを見られれば、大抵の人間は恥ずかしがらないはずはない。マークは思う。なぜ部屋がこの状態のまま自分を迎え入れたのだと。忘れていたのか、はたまた気づかないだろうと思ったのか。確かに、動力やその他関係しそうな部分や危険な部分の周囲は片付けられている。それに部屋の入り口から動力までは工具箱以外の落ちているものは無く、道のようだ。その辺りがまた、通行のしやすさを考えているという現実感を醸し出している。一応炉の中にだけ明かりを灯せば見えなかったかも知れないが、このような暗い部屋で足元を照らさないと思うのは楽観のしすぎだろう。
 部屋に、どう話を切り出したらいいのか分からなくて会話が停滞してしまった時そのものの雰囲気が満ちてしまった。マークが気にしていない風を装うのも、部屋の状態に何らかの発言をするのも、何らかの問題を生み出しそうである。逆に、気にしないように言って事態を解決できるミィシアは恥ずかしさで黙り込んでいる。ちなみに持った感想は、孤児院なら怒られているだろう、である。
 3秒ほどの間があった後マークが、こういう時は重大なことややるべきことで間の流れを潰してしまえばいいと思い、発言した。

「今は、炉を見よう」

彼なりに良い発言だと思ったが、その直後気にしていない風を装うのと全く変わらないと気づいて後悔する。彼女が気を使われたと思ったのは嫌でも分かる事実だ。彼女はずり下げていた帽子を右手で腰の下まで下ろし、それを掴んだままうつむいて動力の方へ歩く。散乱した衣服をまたいで向かう動作が慣れを感じさせる動きで、世俗的なことこの上ない。
 マークは動力の前につくと、まずは動力の外見を見る。そこでふと思うことがあり、言った。

「あれ?水を暖める部分は?」

 蒸気船と言えば当然水を蒸気に変化させる部分があるが、彼がイメージしていた水を貯める丸かったり四角かったりしそうなタンクは下のほうには見当たらない。そんな適当な知識しかないマークの質問に対してミィシアが答える。

「それならボイラーの……上のあの……管が繋がってる壁の向こうですけど……」

 彼が上のほうを見ると、複数の太い管が船の後ろの方の壁へ伸びていた。この船は外輪式で、二基の動力がボイラー室から来た蒸気を利用して左右の外輪を動かしている。
 つまり、この部屋に来たのは無駄骨だったと言えよう。この様に衣服や工具が散らばった部屋を見ることは無かったはずだ。マークは、自分が下手なことを言わなければ今のような奇妙な雰囲気になることを避けられたのではないかと気づく。部屋を片付けていなかった彼女も彼女だが、少し申し訳なくなる。ただ、彼女が片付けていなかったという要素がマークを素直に謝らせることを阻んだ。そして素直に無意味でしたなどと言ったら、彼女も自分も余計傷つきそうだったためもあり嘘をつく。

「そ、そうか。そういう風に繋がっているんだ。よし、ボ、ボイラー?……の方へ案内してくれないかな」

すらすらと話せておらず、うそ臭さや適当さを感じる言い方であった。彼はいわゆる『いい子』であるので、嘘をつくような機会が少なく慣れていなかったのが原因だ。対するミィシアも人との会話に慣れぬ人見知りであり、彼と同じくいわゆる『いい子』と呼ばれるような人物である。そんな彼女はマークの明らかにバレバレな発言を、少し話し方が変だなと思うだけで話自体は信じた。ただし、動力室とボイラー室の管の繋がりはボイラー室からでも確認可能であるのを知る彼女に、どうしてわざわざ今のような状態の動力室に来てしまったのかという疑問が当然生じる。自分の嘘にフォローを入れる能力が低いマークがそれを聞かれたならば、すぐに彼の発言は嘘と分かってしまうのだが、運よくミィシアはそれを聞くだけの積極性を持たなかった。
 彼女が疑問を持って出来た微妙な間は終わり、彼女はマークをボイラー室の方へ案内する。

「こっちです」

短い梯子を今度は登り、ミィシアが外へ出たのを確認するとマークは光素を止めた。扉を閉じて梯子をまた登ってからすぐ横にある扉から甲板へ出る。今は石炭室へ石炭の積み込みが行われており、ボイラー室はその下にあった。下の甲板から上の甲板を結ぶ階段の途中にある扉がそこだ。二人は、階段を登る積み込みの列に混じり、途中で抜けて入った。
中には二基のボイラーがあり、それは幾つかの管で外部から接続されている。復水器から来る管を暖めるのが正しいのだが、マークには分からないので素直に質問をする。ミィシアが示した複数の管の位置と形状を見て、彼はさらにどのくらいの温度まで耐えれるのか、管の厚さはどのくらいなのかなどを細かく質問していく。
 管の大よその形を把握したマークは図面を描いて設計に入りたかったので、何か描くものは無いかと聞いた。ここ数十年で紙の量産技術が確立され容易に手に入るので、船にもあるだろうと思っていたのだが、ミィシアの反応を見ると紙があるようには思えない。

「あの、ここに来るまでに……燃料に使っちゃったんです」

マークはそれを聞き、何があったかは知らないが紙まで燃料に使うとは、相当逼迫した状況だったのだろうという感想を持った。ともあれ、カーロッシャ号には紙は無いので彼はミィシアと別れ、一度向こうの船へ紙を探しに行くことにした。
 紙ぐらいなら船長室にあるだろうと踏んだマークは、その予測に従って船長室に足を運んだ。室内には、カーロッシャ号の船員と思われる先ほどの金髪の男が机に座っていた。入ってきたマークに男が気づくと、男は読んでいた何かの本から目を離して話しかける。

「どうした、何かァ探しものかい」

 重さを感じさせつつも陽気でよく通る、ハキハキとした声だった。そういえばこの男の声を初めて聞いたなと思いつつもマークは質問に答えた。

「紙が必要で」
「んん、あぁー紙か。あいよ」
「ありがとうございます」

 マークは男から紙を渡されたとき、見たことの無い形の船長服から覗く男の腕を見る。紙をつまむ手は無骨で細かく荒い傷がいくつも出来ており、伸ばす腕はとても筋肉質だった。マークが紙を受け取った後も腕の方を見ていると、男が笑って言った。

「あんまりじっくり見ないでくれよ。恥ずかしいだろう?」
「いや、行ってた研究機関では鍛えてる人は珍しくて」
「なーに。毎日山盛り飯食ってたら勝手になるってもんだ」

 冗談めかして言うところを見ると、声と同じく明るい性格なのだとすぐ分かる。マークが帝国いた頃は会わなかったタイプの人間で、意味の分からない冗談らしき何かばかり飛ばすデニーや、自分が愉快になることしか考えていないアドラスとは比べるまでも無い好人物である。そして、出会った人物が孤児院と教育機関の面々、館長や……あとは帝国情報局ぐらいであるのが今まで似たタイプに会わなかった原因なのではないかという考えが頭をよぎったが、マークにはそれを気にする感受性を持っておらず、すぐにその考えは消えた。
 マークがペンを探していると、それに気づいた男がペンをインクと一緒に渡してきた。それと同時に男が口を開いた。

「研究機関に行ってたってことは、もう学者さんってわけか」
「うーん、学者になりたい人を教育するところで、僕はそこで教育を受けていた身です」

質問に答えると、特に興味を示さず男は相槌を打ってから再び本に目を落とす。どうやらこの船の航海日誌のようだった。マークも、今はPPTコルムを設計したほうがいいと、男が座っている机の上に紙を広げて椅子に座り、考え始める。
 まず現象を決定しようと、目的の必要な現象をまとめようとインクにペンを浸したところで、男がマークにまた興味を持ったのか話しかけてくる。

「結局、船はどうなるんだい」
「船ですか?」

男の質問にどう簡潔に答えたものかとマークは一拍置いて考えてから船の現状と、今から霊紋を組もうとしていることを話した。

「へーえ、霊紋を組むところは初めて見るな。邪魔になるならどっかぁ、行くけどさ」
「大丈夫ですよ。見ても楽しい作業ではないとは思いますけど」
「飽きたら本でも読んでるぜ」

 そう言われ、マークは急ごうと作業に入る。先ほどやろうとした必要な現象のまとめを書くために、まだ乾ききっていないペンを走らせる。
 最初に目的。設計のためには、何をするか?という方向性を決めなくてはならない。それは当然ボイラーの内部にある水の加熱だ。秩素や混素で機関部を直接動かすという手も思いついたが、機関部に詳しい人間が必要になるし、そうであろうミィシアと協議しながら作ったら数週間はかかってしまう。直接動かすより、たとえ物理的なロスが生じさせてでも、簡単に必要な霊紋を作れる蒸気機関使用するというのが今の状況には適切だ。そこまで考えたマークは、隅にボイラーの加熱と書いた。

「あっためるだけだったら、簡単に出来るんじゃねーのかい」
「そうですねぇ。本で読んだ限りですと、PPTで水の加熱を行うタイプの船はPPTが普及し始めたころの奴ですから単純な奴が多いらしいです」

 PPTが普及する前は物理的な仕事を行う霊人は非常に稀で、船を霊的に動かす役割をもつのは機関部に詳しく無くても動かせる熱素霊人が主だった。その名残なのかPPT普及直後の時期、機関部を動かすために作られたのは単純な熱素霊紋だったのだ。
 PPTで熱するだけでは結局燃料とやっていることは変わらない。切れない燃料というのは中々魅力的ではあるが、直接機関を動かしたほうが複雑ではあるが、効率はいいのだ。機関の熱効率をいくら上げても、ロスは絶対的に発生してしまう。同じ熱素の量と秩素の量、霊理学的にはそれぞれの霊量と書かれるもので出来る仕事の量は、この場合秩素のほうが上だ。
 しかし秩素の場合だと、複雑な機関を人の感覚で動かすので誤りが生じてしまうこともあるし、そもそも複雑になってしまう機関を動かすための秩素霊紋を組んでいる時間が無い。熱素で熱するなら誤りが生じても少し水温が変わる程度だし、何よりすぐに組める。今ベストなのは熱素霊紋で組むことだった。

「正直言って、ボイラーの加熱部も円筒形ですし、一種類の霊紋で十分な加熱を行えると思います」
「なんだい、じゃあすぐに出発できるな」
「実はそうじゃないんです」
「へぇ」

 人に話すことで整理になるだろうと考えたマークは、男に説明を始めた。

「霊縮力という単位があります」
「あ?単位?」
「……ほら、長さとか重さのことです」
「あぁなるほど」

 男の知識に合わせ、マークは話の前提を変化させる。

「簡単に言えば、ある決まった大きさの箱の中にどれだけ霊力の量、霊量を詰められるかという力の大きさです」

 それは物理的に例えるなら圧力と呼ばれるものであった。マークの説明には間違いがあるが、簡単な説明であるならこれで十分である。正確には単位面積にかかる霊的な力の大きさのことである。

「でぇ、それがなんだってんだ?」
「霊紋の起こす現象の範囲や現象の強さなどは、各紋の中にある性質子の量と種類で決定されます」
「……うん」
「大抵人は、霊紋の中には均等な力を加えます。長い間バラバラに力を加え続けるのは常人には難しいですし」
「……あぁ」
「ですがそれでは、一定のレベルの現象に対し、範囲や移動スピード、位置確保のための優先度も一定となってしまいます。均等にしか霊力が送れないせいですね」
「……はい」
「今回の場合、蒸気を得るために結構な熱が必要になるんですが、その熱を得るだけの熱素の量を形状紋に過不足なく籠めると船の……大体10分の1がその結構な量の熱にさらされてしまいます。火事になったりして危ないです」
「……そうだな」
「そこで出てくるのが霊縮力というわけです!!」
「あ、あぁ」

 男に生返事が多かったせいなのか、興奮しているせいなのか、マークは少し声を大きくする。

「霊力と霊縮力は全く別のものです。大抵霊人はこの力が大きい傾向にあります」

返事を待たずにマークは解説を続けた。

「霊縮力は個人差がありますが、この霊縮力の限界を超えた場合籠めようとした性質子はどうなると思いますか!?」

質問の形式だったが、またも待たずに続ける。

「なんと籠めようとした空間から漏れ出て個人の持つ現霊速度に合わせて霊的現象を起こすのです!」

男は本を読んでいる。実際は少年のことを見ていられなくなっただけである。

「漏れ出た分だけ紋のレベルが落ちてしまいます!一見マイナスの性質に見えますが、これは上手く利用できます!例えば現象紋より形状紋を小さくしてあり、かつ均等に性質子を籠めるのにかけた霊縮力が形状紋に全て入らない程度の場合、性質子は形状紋から漏れ出て、現象紋と同じ分だけ性質子を籠めた場合より小さな範囲で現象を発生させられることが可能なんですッ!!」

 やりきったかの様な喜びの掛け声混じりに説明を終え、次にやることをマークは思いつく。

「それでですね。現象紋に対して形状紋をどれだけ小さくするかということを考えなくちゃいけないわけですよ」

これこそが男の求めていた答えだったが、マークの中ではこの一つ前の発言で説明が終わっていた。何より、男は聞いていない。
 そんなことは気にせず、マークは先ほどミィシアに聞いたボイラーの限界温度や蒸気を発生させるために必要な温度、管の内部のやボイラー内自体の大きさや、嵐のときに発生する船体の歪み、その他の値の比から現象紋と形状紋の大きさの比を出す計算に入った。比を計算した後は、耐熱素材で出来たエリアを越えず、かつある程度の加熱効果を得るための熱素にかける霊縮力を出す。耐熱素材で出来たエリアと重なる最大値まで幅と蒸気を得るための最低値までの幅との調整を、なるべく安全性を考慮して最大値の幅が大きくなるよう形状紋の大きさを逆算して調整し、再び霊縮力の値の幅を出す。少しでも熱が出るように最低値までの幅を増やし、また調整。
 これを数度繰り返した後、位置紋と指向紋を書き込んでやっと熱素霊紋が完成する。かかった時間は二時間ほどだっただろうか。その間ずっと集中していたせいで、体に凝りが出来ていた。なので彼は伸びをする。同じ部屋でずっと航海日誌を読んでいた男は作業を終えた様子を見せたマークに話しかけた。

「どうやら、終わったみたいだな」
「はい、これです」

そう言って、マークは男に図面を見せる。すると、男は驚いたように言った。

「持ってたPPTと同じ形じゃねぇか。やるねぇ!」
「えぇ……」

 その賞賛を聞いてもマークは喜ばず、むしろ拍子抜けする。製品の設計とはもっと大掛かりに、長い時間をかけて行われるはずのものであり、二時間程度で組めてしまうPPTというのは今マークがやったような個人設計のレベルである。

「多分、PPT普及直後のものだったから簡単に出来たんでしょう」
「いやぁ助かったよ、へっへっへ」
「僕はすぐに伝えてきます」
「あぁ。頼むよ」

 マークは船長室から出て、ミィシアか銀髪の少女のどちらかに完成を報告しようと船上を歩いて探す。戦いの終わった夜明けからまだそれほど時間は経っておらず、日は朝の程しか昇っていない。
 積み込みの進行具合を見ると、現在は石炭のみを運んでいるようだ。石炭を運ぶために使う袋は数が限られているので、皆で交代しながら作業を行っている。
 だれかに居場所を聞こうとしてマークはカーロッシャ号の甲板に足を降ろしながら周囲を見渡す。そうして彼は、休憩しているのか作業をせずに座っている、数時間ほど前に見たカーロッシャ号の乗員と思われる紫がかった髪の女性を見つけた。他の人に聞いても良かったとは思う彼だが、どちらかと言えば身内の人間に聞いたほうが見つかりやすいのではないかとも思っているので彼女に近づいて話しかけることにする。
 ただその上で一つ心配があった。彼女を特徴づける要素の一つである紫色の髪がまず一つである。髪の色は性質子によって変化を起こすのだが、混素の場合髪が紫色になることが多い。髪の色の変化は通常の人間にも、例えばマークなども薄い緑青色の髪をしていて、割と良くあることと言える。しかし彼女の後ろでまとめている髪のその色は非常に濃い紫で、今は朝日で見えづらいがわずかな紫の燐光すら帯びていた。それは混素の量がとても多いということを示す。ただ別に、量が多いからと言って髪の色が変わるということは無い。秩素と熱素を多く持つロジェリシャットの髪などは別に燐光を帯びているわけではないが、彼女より低いレベルの秩素か熱素の霊力を持つ普通の人間でも髪が燐光を帯びることがある。
 それはともかく、混素が多いということは周囲の出来事に無関心な性格をしているということ他ならない。果たして周囲の状況に気が回っているか、その様な心配を覗かせつつ彼は女性に近づいていく。そしてマークの心配は的中する。見れば、首筋の辺りに紫色の不規則で曲線的な紋様があった。つまり、彼女は混素霊人であるということだ。この近づく僅かな時間さえ無駄に感じさせるほどの無関心さ。混素霊人にはそれほどのコミュニケーションの取りにくさがあった。
 他の休憩している人を避けつつ彼女の近くまで来ると、マークは彼女と腰の高さを合わせて会話を始める。混素霊人の場合、それぐらいしなければ自分が話しかけられていることにすら気づかないことがあるからだ。面倒だと思ったが、頑なな部分が見られるマークは頑としてそのまま続行する。

「銀の髪の子か、ミィシアって子がどこにいるか知らないですか?」
「…………」

まず、無言。その後目線をマークに合わせてから、視線を上にやる。何かを思い出しているのだろうか。

「……」

そして無言。今度は視線が下に向かっており、会話をする気すらないのではないかとマークは考えてしまう。彼の中には少々の後悔が滲んでいた。これならまだうっとおしいと思ってた頃のロジェの方がマシだと感想を持つ。
 さらに続く無言の中、船体に内部から寄りかかって甲板に座る彼女の様子を見る。近くで腰の高さを合わせてから気づくが、彼女はマークより若干背が高い。マークは敬語で話しかけて良かったとどうでもいい安心をする。羽織ったロングマントの中に見える腰のベルトには刃の無い、柄だけの剣と例えられそうなものがすぐ取り出せる形で収まっており、PPTの一種だろうと分かる。大抵の霊人はPPTを使用しないので、かなり珍しいとマークは思った。
 そういえばなぜかリシアもPPTを使用していたな、とマークが取り留めの無いことを思い出していると、やっと彼女から反応が出る。はじめにもぞりとロングマントの下の左腕を動かし、ロングマントを除けてノースリーブの服を着た胴から左腕を露出させた。

「…………」

何事だとマークに注視されている左腕を無言のままゆっくりと上げていき、そのまま腕は操舵部の方向を示した。恐らく向こうにいるという意味であろうが、銀髪の少女かミィシアかどちらがいるかは分からない。

「あ、ありがとう、ございます」
「……」

 どちらでも問題はなかろうと結論を出したマークは礼を言ってから足を伸ばす。彼女はその後、何も無かったかのように元の佇まいに戻った。
 示された通り彼が操舵部へ行くと、銀髪の少女を見つけることが出来た。なので早速マークは安心しつつ、彼女に熱素霊紋の完成を伝えるため、少しやりとりをしてから図面を見せる。

「おぉー!すごいすごい!無くした奴と同じ奴じゃん!」
「う、うん」
「出来るねぇ!このこの!」

全く凄くないと言いたかった上に、無くしたという単語が引っかかったが、喜んでいるようなので気分を害さないようマークはぐっと言いたいことを我慢し、一拍置いてから提案をした。

「とりあえず、積み込みが終わったらさっそく試してみよう」
「んーんー!張り切って積むかな!」

 操舵部から意気揚々と降りていく少女の背を見ながら、マークは二つのことを考える。
 一つ目は『どうやって髪を銀色にするか』。秩素霊人は黄金色。混素霊人は紫色。熱素霊人は赤色、若しくは橙色。冷素霊人は青色、若しくは緑色である。文献によれば光素霊人は白色かランダムな色、闇素霊人は黒色か一切の変化を見せないかである。正解は髪の色が性質子の影響を受けやすく、かつ髪が光素の影響を受けて、ランダムな色の中から選ばれたのが銀色であろうという結論を出してこの疑問については考えるのを止める。
 そしてもう一つは『なぜあんな簡単な霊紋を作れなかったのだ』である。見慣れた霊紋であるならちょっと真似するぐらいで作れたはずだ。彼はそう考える。しかしそれは少々足りない部分があるマークの常識のみでものを考えているだけであり、実際にうろ覚えの霊紋を資料無しで作れなどと一般的な知識しか持たない人間が言われた場合、その人間は分からないことが多すぎて筆を持ったまま紙の前で止まってしまう。一見単純であっても、霊紋というのは精密な図形なのだ。下手を打てば熱素を籠めた瞬間に船が大炎上するなんてこともありえる。この船の誰かがやろう思っても、ミィシアが不安になって止めるということになっただろう。現在の霊紋作成技術というのは、それぐらい専門的なものだ。しかしマークはこの解答にたどり着けず、結局疑問を放棄する。
 その後、また二つの疑問が浮き上がる。

「積み込みが終わるまでどうしようか……」

現在燃料を運ぶ袋の数は限られており、積み込みを行うにも袋が無ければ積み込みが出来ないのだ。彼はどうしようか迷う。そしてもう一つは、袋が無いのにあの少女は燃料をどう運ぼうとしているのかということだ。
 そこまで考えて彼は、何を馬鹿なことをと自嘲する。運んでいる誰かと交代すればいい。さっさと積み込みを終えて、安全を確保できそうな状況を作り出してしまおうと、マークも先ほど早足で燃料のある所まで歩いていった少女と同じように張り切って積み込みを手伝うことにした。夜明けまで続いた戦闘ほどではないが、今も死と隣合わせであるのは変わりないのだ。協力を惜しむことは無い。






 積み込みが終わっていつでも出発できる状態になったのは、昼であった。燃料は相当の量があり、普段から鍛えていないマークは2回ほど交代を行った後は疲れてずっと座っていた。銀髪の少女と話したユドからもう出発できるだろうと伝えられたケヴィたちは、何やらケヴィの号令によって集まっている。彼らの付近には死んでしまった連れてこられた人間を横たえており、ケヴィを中心に盛り上がっていた。
 マークは集まれという言葉が分からなかったし、言葉が通じないゆえに何となく近づきにくいと思っていたため、集団の外、船端の近くにいる。そこに船長室で会った金髪の男が近づいてきた。

「よう学者少年、加わんないのかい?」
「僕には彼らの言葉が分からないんですよ。多分、向こうの船であった戦闘のことで何か言ってるんだと思うんですけど……」
「大体あってるな。だが、テガアトラの言葉なんてリラカトラの言葉と大して変わらんのじゃないか?」

男の言葉を聞き、マークは興味が湧いた。

「分かるんですか?」
「ん?サディオラの東部はリラカトラ語が主流なんだが、何せ色んな奴がいるからね。帝国式のリラカトラ語以外の言葉と滅茶苦茶に混じってるってわけ」

それを聞いて合点がいったマークは、確認も兼ねて口を開く。

「じゃあ噛み砕いて言えば、サディオラ東部にはリラカトラとテガアトラの合いの子みたいな言葉が広まってるから何となく分かる。そういうことだと」
「そうそう」

 マークは一瞬、なぜ自分の言葉が帝国式のリラカトラ語だと、なおかつ彼らの言葉がテガアトラの言葉だと分かったのか疑問に思ったが、ケヴィたちが上げた歓声によってそれは打ち消される。彼は肩を跳ねさせ、驚いて言った。

「ど、どうしたっていうんだ?」
「どうやら演説は終わったみたいだな。なら、さっそく行ってみましょう!」

 何かをこちらの方へ言っているようなケヴィの仕草と金髪の男の言葉から、マークは出発するのかな?と予測したが、次の瞬間に全く違うことを金髪の男は行った。
船端に立つ男はくるりと謎の集団の船の方へ向き直り、右足と右腕をぐっと引いてそこに力を溜めているような雰囲気を出す。何事かと思ってマークは近くに立つ男が向く方、マークをこの海まで連れてきた船の方を同じく向いた。
 そして、彼の知識を大きく超える現実が目の前に現れる。

「派手に行くぜぇ!」

船端から外へ出るように突き出された右腕から、マークを乗せてきた船の全長と同じほどはあるのでは無いかと思われる何色にも例え難い極太の閃光が出、その閃光は大きな音を立てながら船を一瞬で粉々にする。その様子にケヴィたちは喜びの嬌声を上げ、マークは余りの出来事に呆然とする。
 男は決まりきった演劇を、まるで素人が恥も外聞も無く豪快に演じるような感じで操舵部のほうへ声をやる。

「さぁ船長!出発だ!」

そしてその声が来るのは既に分かっていたと言わんばかりに、似たような調子の少女の声が返ってきた。

「うおっしゃー!カーロッシャ号、発進!」

更に、驚きのあまりそのやり取りが聞こえないほど呆然としていたマークを振り向かせる事態が操舵部のほうで発生する。声が返ってきた直後、膨大な熱素があることを示す赤い燐光が、操舵部より下に位置する甲板からも見えるくらいの輝きを発していた。
 なんとなく、機関部の方からミィシアの悲鳴が聞こえた気がしたマークは我に帰り、ボイラー室の安全を確かめるためにと走ろうとする。しかし勢い良く左右の外輪が回転し始め、同じく勢い良く船が発進しだした船の揺れでマークは同じく勢い良くすっころぶ。少し赤面しながらよろよろと立ち上がったマークは、外輪が舞い上げた海水を思いっきりに受けてずぶ濡れになってしまった。面食らった彼はへたり込んで、そのまま唖然とする。
 その様子を見て、金髪の男は笑いながらマークに話しかけた。

「おいおい!大丈夫かい!?」

声を聞いてはっとなったマークは、結局何が起こったのか全く処理しきれず同じく笑い出した。

「あは、あっはっはっはっは!なんだよこれ!」

 あんなことがあった後であるのに畳み掛けてくる理不尽で珍妙な現実と、船が動き出した安堵。爽快感のある理不尽は、彼をしばらく甲板にうずくまらせて笑わせた。ケヴィたちは歓声を上げ、金髪の男はマークの様子を見て笑っている。彼には今、普段だったら顔をしかめて避けたくなるような強い日光も、濡れて張り付く服の感触すらもすっと胸がすくような清々しいものに思えた。










間延びしている感。


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蒸気機関(歓喜)

果たしてこの船と展開はどこへ行くのか。
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なんていうか、もうどうにでもなーれ☆

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